今はただ懐かしく

台風が来る予報の空
凧揚げに夢中になり

 幼少期に遊んだ場所は、山頂に鉄塔があり、そこから伸びる高圧線が川の手前にある鉄塔まで走り、さらにまた山の上にある鉄塔へと延びていました。見渡すと四、五軒の家がポツポツとある程度で、お寺さんの所まで畑が広がっていました。現在は、高圧線も鉄塔も撤去されて、一面の畑も開発が進み住宅に置き換わってしまいました。

 当時、正月になるとその場所で凧揚げを夢中になってやったものでした。扇子凧を得意になって上げました。高圧線まで届かせるのが目的で、凧糸をたくさん使い、これでもかこれでもかと夢中になりました。凧揚げに夢中になり畑の中に入って、肥やしが溜めてある池に落ちたこともありました。全身、汚水まみれになって、川で身体を洗った事もありました。高圧線には凧が引っかかって風になびいていました。風の条件、凧揚げをする位置によっては高圧線に凧が届きませんでした。今では、凧揚げをする事はできなくなりました。

 その畑の一角に住宅を建てて住んでおられた人がいました。幼少期によく面倒を見ていただいた人です。母がその人のお母さんと大変懇意にしていた関係で、よくお邪魔してお世話していただきました。

「ヤマメ釣りに入った奥多摩川の上流で滑落してお亡くなりになりました、あの人の事おぼえていますか?」と寺の住職さんんから伺った時には唖然としました。。数日後に弔問に伺いましたが、なっかしさと、悲しさがこみ上げてきました。しみじみと遺影を見詰め合掌させていただきました。妻や母や、幼少の頃にお世話になった母の懇意にしていた人、その旦那さん達、何れも他界して久しく時が流れましたが懐かしく脳裏をよぎりました。

 数年前に、その家を妻と一緒に訪ねたことがありました。その時に、「よっちゃん、近くに来たら寄ってけよ・・・」と言われたのが最後の言葉になりました。

 いつも、菩提寺に行く時に近くを通るのですが、「元気にしているかな?」と気にはなっていた矢先でした。人の一生て解らないものですね。ご冥福をお祈りしてます。

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