築地放浪の思い出 10月26日

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一年ぶりに中学生時代の友と会う約束をした。昨年は横浜中華街で会食したが、今年は築地に集合した。1115分に日比谷線の築地駅進行方向後方改札口で待ち合わせ、地下鉄を出て交差点を渡り地下に降りると、「さかな竹若 築地本店」がある。まだ、時間的に早すぎて店は準備中だったので、築地場外市場を散策することにした。平日にも関わらず多くの人達で細い路地道はごった返していた。つい最近、火事にあった所にはまだ家は建っていなかった。「すしざまんまい」の店の前はすごい人の数。一通り市場の中を歩きながら、魚介類がおびただしく陳列されている様を見た。久しぶりに秋晴れで気持ちが良かった。友のKは大学を卒業後、築地に住んでいたこともあって詳しくエスコートしてくれた。築地本願寺の建造物は洒落ている。聖路加病院も青空をバックに聳え立っている。故日野原重明先生がいた有名な病院だ。少し歩いたら丁度店の開店の時間になったので、「さかな 若竹 築地本店」に向った。友のKが予め予約してくれてあったので、早速旧交を温めることとした。
先ず、一番奥の部屋に通された。中居さん風の女性が注文をとりに食事のメニューを持って現れた。
注文を取りに来た女性はツンツンしていて、
「ご注文の料理は時間がかかります、定食なら直ぐに用意できます」と言った。
「ビール2本、刺身の盛り合わせ・・」即座に注文した。
「他の料理はできるかどうか板さんに聞いてきます」
と言ってその場から消えた。
友のNが余り元気が無いように見えたが、ビールを2、3杯飲むに連れて饒舌に大学時代の勉学について語りはじめた。Kは東京外国語大学を卒業後石油会社に勤務、オーストラリアにも出向した超エリート、Nは東京学芸大学を卒業し、数学の教諭を定年まで勤務したこれまたエリートで時の経つのも忘れるほど話題が尽きることがなかった。
所が、すぐに出ないはずの料理が目白押しで運ばれてくる。時間がかかると言った割には早い。中居風の女性が急に親切になった。時間は2時間ぐらいあるから、ゆっくり料理を出してもらえば大丈夫と言ってあったのに以外な展開になってきた。最後に雑炊を食べた。
少し満腹になったので、銀座方面までぶらぶら歩き、喫茶でも行こうかという事であったが、銀座方面には行かずに隅田川の所までいくことにした。Nは歩く事が辛そうに思えた。彼は糖尿病を患っているそうで心配である。
晴海通りを隅田川の方面に行くと大きな橋が架かっている、勝鬨橋である。途中、右側にある「ととや」は鳥料理で美味しいとKが言った。「生粋博多らぁめん ふくちゃん 築地総本店」の前を通りかかった時、ここはオススメですよと又Kが言った。
勝鬨橋西から隅田川の川沿いの遊歩を歩いていくと煉瓦の壁面が広がり新鮮に感じた。
川の反対側は月島、もんじゃ焼きのお店が多いとKが言った。その隣に佃島、さらに少し上流には石川島播磨重工の資料館がある。高層ビルが立ち並ぶ景観を見て、「老後は住むならマンションだな、病院も近いしね」とKが呟いた。遠くに佃大橋が白く見える。
しばらく歩き聖路加病院の方に向かって階段を上がり、歩道橋を通って街路に下りて地下鉄の築地駅に向かった。聖路加病院の直ぐ近くにKが以前住んでたアパ-トがあった。
暫く歩いて行くと地下鉄の案内板が見えてきた。近くにデニーズがあったので、中に入った。コーヒーと抹茶のクリームあんみつを注文した。「さかな若竹」とちがい接客姿勢がすごく良かった。そこで、30分ぐらい時間を潰してから、築地の駅から銀座まで行った。Nの足の調子があまり良く無いので、地下鉄の駅からはエスカレーターで外に出た。有楽町の駅の近くで通行人に頼んで記念撮影した。そして、別れた。すでに5時間が経過した。来年は筆者が3人会の場所を設営する事となった。

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